今回、お話するのは、私が自分のホームページと相互リンクしていただきたいとお願いした、陶屋龍誠さんとのやりとりの話です。
まず、陶屋龍誠さんは、中学を卒業後すぐに備前焼を学びに修行に入られ、5年間備前で修行されたそうです。叔父さんの骨董好きに迎合して、中3の頃にはすでに六古窯や、それがどこの産地とか当てれるぐらいになっていました、と言われるくらいですから、相当の”通”でいらっしゃると思います。現在は、故郷の山口に戻られて、そこで焼き物を焼いておられるようですが、メールでのうんちくのやり取りを、ご本人のご了解を得ておりますので、ご紹介したいと思います。
私の相互リンク申込みに対するご返事メールから、 龍誠さん:”備前焼大変お好きなようですね^^自分も備前焼は最高だと感じております。ブランドにたとえるならばルイ・ビィトンといったところですかねぇ でも釉薬使った焼物もかなり奥深いと感じて、現在は独学で陶芸に取り組んでおるところです。 約5年ぐらい備前にいましたが、中学卒業後すぐに紹介である作家の所へ修行に入り、2年ぐらいは無賃金、親の仕送り生活でした。まぁ我ながらよくがんばったもんです。電気ロクロ初めて触らしてもらった時は1年半すぎた頃でした。それまでは手ロクロで泡瓶などみようみまねで作ってました。修行といえば聞こえはいいですが実際の所なにも教えてもらえないんですよ^^;見て盗むってやつです。(笑)”
まさに、料理人の世界と同じですね。”技術は見て学べ!”という絵に描いたような、厳しい世界が見えてきました。
次に、私からのお返しメールより、 ”大変ご丁寧なメールをいただきありがとうございます。中学卒業後すぐに修行に入られるとは、たいした度胸だと感心しております。昔の職人制度は大変ですが、皆さんその過程を踏んで一流になっていくんでしょうが、現実は大変ですよね。私は、建設業に携わっていますが、そういった職人はもう化石に近くなっています。人を育てるしかないので、最近の若者は金の卵ですが、それでも最近は、職人に進んでなる人も増えてきて、それなりの自覚を持っている人も増えています。 まぁ備前焼は私は安泰と思っていますが、有田焼は一部の高級な窯だけ、九谷は、存亡の危機にあるのではないかと思い、少しでも多くの人にその良さを知ってもらいたいな、応援したいなと思っております。それは、海外のタイとかインドネシアのTOTOとかINAの資本が入っている工場をいくつも見てきて、ああいったものは、機械がすべてやっており、材料もすべて輸入しており、昔のように材料がそこにないと出来ないということではなくってきている現実を見ると、大変だと思います。 備前焼は、素人にはわかりずらいし、昔の水瓶とかに使ってあったので、安いというイメージが一般にはあるのは仕方が無いと思いますが、備前焼は玄人好みの焼き物であると思うし、結構早く、なじめる焼き物だと思うので、そうそうは見捨てられないと確信しております。”と、うんちくをプロに対して語り始めた私でした。
またまた、龍誠さんからお返事のメールをいただきました。 龍誠さん:”続きですが約5年程備前いましてそれから地元へ帰り、パチンコ店で5〜年それから建築業(とび職)約5〜年経験し、(20代の頃は陶芸(焼物)の事は趣味程度でした。)それからまた陶芸(焼物)を始めまして現在にいたる所です。ブランクが10年あったので、最初 ヘボ ばかりでしたが、なんとかようやく復活し販売できるまでになりました。”とのこと。自作の作品で生計を立てるのは大変と思いますが、初心に帰ってがんばっておられます。
また、備前焼の裏話等、そこで実生活されなければ語れないお話も聞いております。それは、次回のお楽しみということで、期待していてください。
陶屋龍誠さんのホームページは、 ”陶屋 龍誠による作品紹介”

http://www.geocities.jp/touya_ryu_ssey/index.html
です。是非とも一度ご覧になってください。よろしくお願いします。
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